速い車は水面を跳ねて滑る。遅くなると水を押しのけて沈む
水が車を押し上げる力は、速さの2乗と、水に触れる底の面積と傾きで決まる。速さが半分になれば力は4分の1になり、車は水を押しのけて浮くだけになって、すき間から入る水で沈む。
100 gの石は秒速2 mで跳ねる
平たい石を水面すれすれに投げると、石は沈まずに何度も跳ねる。フランスの物理学者ボケは、大きさ10 cm・重さ100 gの石について、水が石を押し返す力を見積もった1。秒速1 mほどで水面に当たれば、押し返す力が石の重さに届く。水に当たるたびに失う勢いも計算に入れると、少なくとも秒速2 mほどあれば1回は跳ねる。秒速12 mで投げれば、当時の世界記録と同じ38回跳ねる計算になった。
では、重さ1.5 tの車ならどうなるか。石の1万5千倍の重さだが、水が押し返す理屈は変わらない。速く当たるほど、水は強く押し返す。
画面の車は、高さ0.6 mの岸から、40 m先に向こう岸がある池へ水平に飛び出す。時速120 kmで入ると、車は水面をたたいてしぶきを上げ、そのまま水の上を滑って向こう岸に届く。速さを落とすと途中で水の上に乗っていられなくなり、水を押しのけて止まる。止まった車はしばらく浮いているが、すき間から水が入り、やがて沈む。
車を後ろへ引いて離せば、引いた長さで入る速さが決まり、下へ引くほど鼻先が上を向く。水面を指でなぞると、波も立てられる。
水は速さの2乗で押し返す
速く動く板が水に当たると、板の前の水は急に押しのけられる。そのとき板にかかる圧力の目安が、動圧である。は水の密度(1,000 kg/m³)、は速さ(m/s)。時速100 km(秒速27.8 m)なら、動圧は約39万 Paになる。一方、1.5 tの車を床下の約8 m²で支えるのに要る圧力は約1,800 Paで、動圧の200分の1ほどにすぎない。速い車なら、底を水平から少し傾けて水をたたくだけで、重さを支えられるわけだ。
水面を滑る船(滑走艇)の底でも、同じことが起きている。底を持ち上げる力(N)は、動圧と、水に触れている底の面積(m²)の積に、傾きで決まる係数を掛けたものになる。飛行機の翼と同じく、この力を揚力と呼ぶ。
サビツキーは1964年に、滑走する板の試験の結果を式にまとめた2。その式では、は底が水面となす角にほぼ比例する。水に触れる部分が長くなるほど1 m²あたりの力は小さくなり、水が最初に当たる前の縁がいちばん強く押される。傾き6°で、長さ2 m・幅1.8 mが水に触れているとき、は約0.08になる。
持ち上げる力が重さ(N)と釣り合う速さが、水の上に乗っていられる最低の速さである。
1.5 tの車(は約14,700 N)を上の数字で計算すると、は秒速約10 m、時速36 kmになる。重さが2倍ならは約1.4倍。ボケも、水切りの石が跳ねるのに要る速さを、同じ形の式で見積もっている。
ただし、水の力は底に垂直にかかる。底がだけ傾いていれば、力は真上から後ろへだけ傾き、進む向きと逆の成分が抵抗になる。
傾き6°なら、抵抗は持ち上げる力の約1割。底が平らでなめらかな滑走艇なら、これに水との摩擦が加わる程度で済む。ところが、ふつうの車の床下には排気管や燃料タンク、足回りが出っ張り、タイヤも水をかく。シミュレーションでは、床下の凸凹をざらざらの板の摩擦として数え、タイヤには前から水が当たる。
速さが落ちると、持ち上げる力は速さの2乗で減っていく。半分の速さなら4分の1。車は深く沈んで水に触れる面が広がり、抵抗も増えて、さらに速さを失う。水の上に乗っていた車は、水を押しのけて進む状態に変わり、すぐに止まる。
止まった車を支えるのは浮力(N)だけになる。浮力は、水面より下にある、空気の入った部分の体積(m³)で決まる。
は重力加速度(9.81 m/s²)。1.5 tの車なら、空気の入った部分が1.5 m³沈めば浮いていられる。ところが車体にはすき間があり、外の水面が車の中の水面より(m)高いと、水は1秒に(m³)の割合で流れ込む。はすき間の面積(m²)で、0.6は小さな穴から水が流れ出るときの流量係数である。中の水が増えたぶん車は沈み、が大きくなって、流れ込む水はさらに増える。
水切りの石とは、もう1つ違いがある。石は投げるときにひねって回すので、こまのように傾きが保たれる。回っていない石は、水に当たった力で傾きが変わり、次の1〜2回でうまく当たらなくなる1。車も回っていないので、水に当たった瞬間の力で鼻先の傾きが変わる。
6つの入り方を試す
画面は池を横から切った断面で、上の帯は池の全体と車の重心が通った道すじ、丸は車が水に入った所を表す。力の矢印は重さを基準にした長さで描かれ、重さの3倍を超える分は切れ目の印を付けて縮めてある。浮いて止まっている間は、時間を6倍に進めて見せる。
- 1.2 tの車が、鼻先を4°上げて時速110 kmで入る。車体の後ろから水をたたいた瞬間、持ち上げる力は重さの数倍になり、車は一度跳ねる。そのあとは、持ち上げる力が重さを上回ったり下回ったりして、車は小さく上下しながら水面を滑り、時速60 kmほどを残して向こう岸に届く。
- 1.5 tの車が時速50 kmで入ると、水をたたいた衝撃で時速30 kmほどまで遅くなり、水の上に乗っていられる最低の速さ(時速約36 km)を下回る。車は水を押しのけて進み、岸から20 mほどで止まって浮く。すき間から水が入り、外の水が窓の下の縁に届くのは走り出してから40秒あまり。そこから車は鼻先を下にして、一気に沈んでいく。
- 同じ時速50 kmでも、2.8 tの車は空気の入った部分に余裕がほとんどない。速さを失ったとたんに鼻先から沈み始め、走り出してから約4秒で窓の上まで水に入る。
- 床の下を平らな板でおおうと、時速60 kmでも車は水の上に乗る。重さの約8割を持ち上げる力が、残りの約2割を浮力が支える。凸凹もタイヤも水に触れないので抵抗が小さく、時速40 kmほどで向こう岸に届く。
- 底の断面を丸くすると、浅く沈んだときに水に触れる幅が狭く、面も横へ傾く。同じ時速60 kmでも、水に入って1秒もたたないうちに水の上に乗っていられなくなる。車は水を押しのけて進み、向こう岸の3 mほど手前で止まって浮き、やがて沈む。
- 鼻先を10°下げて、時速100 kmで入る。鼻先の下の面が水をたたいて押し上げられ、0.2秒ほどで車はほぼ水平に戻る。つまみで鼻先の傾きを6°にして走らせても、そのあとの進み方はほとんど変わらない。回っていない車の傾きは、入るときの角度より水の力で決まるからだ。
雨の道路では、タイヤが水に乗る
同じことが、雨の道路を走るタイヤでも起きる。タイヤの前の水は逃げきれず、速く走るほど、その水は動圧でタイヤを押し上げる。タイヤが路面を押す圧力は、おおよそタイヤの空気圧と同じくらいになる。動圧が空気圧に近づくと、タイヤは路面から浮いて水に乗る。これがハイドロプレーニング現象だ。
米国航空宇宙局(NASA)のホーンとドレーアーは、空気圧24〜150 psi(約165〜1,030 kPa)、時速45〜120マイル(約72〜193 km)の範囲でタイヤを試験した。浮き始めるときの、水が押し上げる力の係数は、どの条件でもほぼ0.7だった3。動圧の0.7倍が空気圧に届く速さで浮くので、浮き始める速さは空気圧の平方根に比例する。
の単位はkm/h、はkPaで、230 kPaなら時速約96 kmになる4。ただ、本物の道路では、タイヤの溝が水を逃がし、水の深さでも浮き方が変わる。米国連邦道路庁の報告は、約1,300回の試験をもとに、空気圧に溝の深さ、水の深さ、路面のきめの深さを加えた式を示している4。
小さなシミュレーションでは、浮き始める速さをこの報告の式で求め、接地面のうち水が入りこむ割合をと見積もっている。水が支える力が速さの2乗で増え、で重さのすべてを支える、という考え方である。
溝が7 mm残る新しいタイヤで、水深5 mmの道を時速70 kmで走ると、浮き始める速さは時速約87 km。接地面の約35%が路面に触れている。
溝を1.6 mmまで減らすと、浮き始める速さは時速約81 kmに下がり、路面に触れている部分は約25%に減る。
空気圧を230 kPaから160 kPaに下げると、浮き始める速さは時速約78 kmになる。タイヤが路面を押す圧力が下がり、水がタイヤを持ち上げやすくなるからだ。
水深12 mmの水たまりを時速100 kmで走ると、溝が4 mmあっても、タイヤは水の上に乗る。
雨の道路と、水に落ちた車
米国連邦道路庁の報告は、実際の道路に近い条件の試験(水深2.5 mm以上)で、タイヤが水に乗る速さが時速72〜124 kmだったとまとめている4。同じ報告が紹介するドラム試験では、溝のあるタイヤが水深2 mm未満で浮いた例はなかった。接地面の水が、ほとんど溝に収まったためだ。日本では、タイヤの溝はどの部分でも1.6 mm以上の深さがなければならない5。
国家公安委員会の「交通の方法に関する教則」は、雨の中を高速で走るとタイヤが浮いて、ハンドルやブレーキが効かなくなることがあると注意している6。路面が雨にぬれ、タイヤがすり減っていると、止まるまでの距離は、乾いた路面でタイヤの状態が良いときの2倍程度に延びることがある。教則は、雨の日は晴れの日より速度を落とし、車間距離を十分にとるよう求めている。
ふつうの車で水に入るのは、命にかかわる。
シミュレーションでも、ふつうの車が向こう岸に届くのは、時速100 kmほどより速く飛び込んだときだけだ。しかも、水をたたいた衝撃で車が壊れることも、窓が割れることも、車が横に傾くことも計算に入れていない。北米では毎年350〜400人が水に沈んだ車の中で亡くなり、おぼれて亡くなる人の最大1割にあたる7。
外へ出やすいのは、外の水が横の窓の下の縁に届くまでの、車が浮いている間だ8。この間なら、窓を開けて外へ出られる。窓まで水が来たあとは、外からの水の圧力で、ドアも窓も開けにくくなる。水に沈む車からの脱出を調べてきたギースブレヒトは、外へ出るのに最もよい時間を、水に入ってから最初の1分ほどとしている7。
国土交通省は、冠水した道路を車で走るとエンジンなどが止まって動けなくなり、水位によっては水圧などで車から出るのが難しくなるとして、水没した車から逃げる手順を示している9。水位が低いうちにドアを開けて出る。ドアが開かなければ、窓を開けて出る。窓も開かなければ、脱出用ハンマーで窓を割る。ただし、フロントガラスなどの合わせガラスは割れない。それでも出られないときも、あきらめない。車内に水が入って内と外の水位が同じになると、ドアが開く可能性が高まる。
いちばん確かなのは、冠水した道路や川に、車で入らないことだ。
このシミュレーションが省いていること
- 横から見た2次元で計算している。車が左右に傾くこと、横を向くこと、しぶきが横へ逃げる3次元の流れは入れていない。
- 水の力は、車の外形を短い板に分け、板ごとの静水圧・動圧・摩擦を足し合わせて求めている。動圧の係数は滑走する板の実験式に合わせた値で、車の形で測った値ではない。車と一緒に動かされる水(付加質量)や、底と水の間に入る空気も入れていない。
- 車体のうち水を押しのける割合(客室と荷室70%・エンジンルーム35%)と、すき間の面積(0.012 m²)は、沈むまでの時間が試験の車に近くなるように選んだ値である。エンジンが止まること、窓が割れること、電気が切れることは入れていない。車輪は水の中で空回りし、前へ押す力を出さないとした。飛び出すときの鼻先の傾きはつまみで決められるが、本物の車では選べない。
- 水面の波は、車の幅の約3倍の水路を伝わる1次元の線形の波として描いた。車が立てた波は絵にだけ使い、車の動きには戻していない。本物の池では、波は円く広がって早く小さくなる。
- 小さなシミュレーションの浮き始める速さの式は、水深2.5 mm以上の試験から作られたものである。路面のきめの深さは0.5 mmに固定した。1輪にかかる重さは375 kg(1.5 tの車の4分の1)とし、接地面の長さの絵にだけ使っている。
参考文献
- Bocquet, L.「The physics of stone skipping」『American Journal of Physics』71(2), 150-155, 2003. https://arxiv.org/abs/physics/0210015
- Savitsky, D.「Hydrodynamic Design of Planing Hulls」『Marine Technology and SNAME News』1(4), 71-95, 1964.
- Martin, C. S.「Hydrodynamics of Tire Hydroplaning」NASA CR-601, NASA, 1966. https://ntrs.nasa.gov/citations/19660026826
- Gallaway, B. M.ほか「Pavement and Geometric Design Criteria for Minimizing Hydroplaning: A Technical Summary」FHWA-RD-79-30, 米国連邦道路庁, 1979. https://rosap.ntl.bts.gov/view/dot/67508
- Giesbrecht, G. G., McDonald, G. K.「My Car Is Sinking: Automobile Submersion, Lessons in Vehicle Escape」『Aviation, Space, and Environmental Medicine』81(8), 779-784, 2010.
- Giesbrecht, G. G.「The Evidence Base for a New "Vehicle in Water" Emergency Dispatch Protocol」『Annals of Emergency Dispatch & Response』4(1), 2016. https://www.aedrjournal.org/the-evidence-base-for-a-new-vehicle-in-water-emergency-dispatch-protocol
- 国家公安委員会「交通の方法に関する教則」, 警察庁. https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/20241113kyousoku.pdf
- 国土交通省 自動車局「水没車両からの脱出手順と脱出用ハンマー搭載のお願いについて」, 2020. https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001358642.pdf
注
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Bocquet(2003)。石の大きさ10 cm・重さ100 g、水が押し返す力の係数を1とした見積もり。回転による傾きの安定は同じ論文の第5節。 ↩ ↩2
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Savitsky(1964)。平らな滑走面の持ち上げる力の係数(幅の2乗あたり)のうち、動圧による部分は τ^1.1 × 0.0120 λ^0.5(τは度、λは水に触れる長さ÷幅)。本文のCは、これを水に触れる面積あたりに直した値。 ↩
-
NASAの報告CR-601(1966)による、HorneとDreherの試験(NASA TN D-2056, 1963)のまとめ。車輪にかかる重さは925〜22,000ポンド。 ↩
-
米国連邦道路庁FHWA-RD-79-30の表1(HorneとJoynerの式)と式7(Gallawayほかの式)。時速72〜124 kmは研究HPR-147の試験の範囲。ドラム試験はGengenbachによる。 ↩ ↩2 ↩3
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道路運送車両の保安基準の細目を定める告示 第89条第4項第2号(二輪自動車は0.8 mm)。 ↩
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交通の方法に関する教則(昭和53年国家公安委員会告示第3号)の「停止距離と車間距離」「悪天候など」の節と、高速道路での運転の節。 ↩
-
GiesbrechtとMcDonald(2010)の試験。浮いている段階は、外の水が横の窓の下の縁に届くまで。図の63秒・150秒は、この試験の1台。 ↩
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国土交通省 自動車局 審査・リコール課の発表(2020年8月12日)。 ↩



